水車からくり人形

構造-からくり-

構造図(平成4年)

当社のからくり人形は、とても複雑な構造を持っています。 1体の人形で複雑なものは少ないですが、1つの動力から多い時では20体以上の人形を様々に動かします。

動力源となるのは、水路を流れる水を受けて回転する水車ただ一つ。 その回転から、多くの人形をそれぞれ異なる動き、異なるタイミングで動かすために様々なからくりの機構が用いられています。

動力の変換

動力源の水車
動力室

基本的な考え方は動力の変換です。

水車は一方向への回転運動をもたらします。 その回転運動の向きを変換したり、直線的な運動に変換することで、多様な人形の動きを作り出しているのです。 この動力の変換には、多様な技術が用いられています。

主な機構のつながり
水車
軸変換
ツルギ
人形
制御装置
間欠歯車
糸車
人形
制御装置
歪輪
テコ棒
人形


人形

ツルギ

ツルギに乗って逆さに床下を回る
ツルギで舞台を回る義士

水車の回転運動をそのまま利用した人形の回転装置をツルギといいます。 回転運動をベルトに伝え、そこに取り付けられた人形がベルトの動線に沿って移動します。

戦前用いられたものが保存されており、それを基に昭和54年復元されました。 当初は木造のキャタピラ状のベルトを、六角形の駆動輪を使って回していましたが、現在では改良が重ねられ、 布製のベルトを用いることが多くなっています。

水車の動きは地面に垂直方向の「縦回転」ですので、基本的な動きは舞台の左から右へ、舞台下にもぐって左から右へ、というような「縦回転」です。 この回転を地面に水平な「横回転」に変換すると、舞台上をぐるぐる回る動きを実現できます。

これを可能にするのが、「傘歯車」に代表される軸変換の装置です。

軸変換装置

傘歯車(中央)

傘歯車は2つの歯車をかみ合わせて、軸を90度回転させる装置です。 一般的な歯車は円盤の外縁部に外向きの歯がありますが、傘歯車は円盤の片面に歯があることで、一般的な歯車と垂直にかみ合うことができます。

近年傘歯車と合わせて頻繁に使われるのは、2つの軸を数か所の可動部でつないだ装置です。 この装置によって、角度や軸位置のずれにも流動的に対応し、安定した軸変換ができるようになりました。

間欠歯車

間欠歯車(二基)

特に複雑な構造を持つ機構が間欠歯車です。

水車の回転によって歯車を回すと、歯が欠けたところにさしかかり回転をとめ、錘によって逆回転します。 例えば人形がゆっくりと前に進み、ある位置まで来ると一気に後ろに下がる、といった動きを生み出すのに使われます。

この機構は、戦前のものが失われていたため、古老の記憶を基に復元されました。復活当初は、ツルギと間欠歯車がからくりの中心でした。

写真では、写真奥の輪から動力を受け、写真左の間欠歯車が回転します。 その歯が写真中央の歯車とかみ合い左右の大きな糸車が回り糸を巻き取ります。 歯がない部分に差し掛かると巻き取った糸が錘の力で再び上に引っ張られます。

このからくりは例えば台車やストッパーのようなものと組み合わせて、ゆっくり前に進み一番前で停止、 ストッパーが外れて後ろに下がる、というような使い方もされます。

歪輪

歪輪群とテコ棒
多様な歪輪

糸を引く動作への変換として最も多く使われるのが、歪輪(わいりん)と呼ばれる機構です。

歪輪とはその名の通りいびつな輪で、半径の大きい所と小さい所の差によって直線運動を作ります。

例えば最大半径10cm、最小半径3cmの歪輪を回転させると、上に点でのせてあるテコ棒がカーブに従って上下します。 そのテコ棒の支点から歪輪までの距離:支点から糸までの距離=1:3とすると、理論上21cmの上下が可能です。

実際には半径差の大きいもので最大15cm程度、テコ棒の支点~力点距離:支点~作用点距離は1:3が使われますので、 理論上36cm程度まで糸を引くことができますが、木のしなり等によってもう少し短くなります。 より長い運動が必要な場合には、人形~歪輪を直接つながず、ダブル滑車を通して動力を伝達することで動距離を長くしています。

人形内部の構造

腕を動かす人形
立ち上がる人形

多くの人形は、その胴体部分にからくりを内蔵しています。 人形固有の動き、例えば腕を上げ下げする、立ち上がったり座ったりする等の動きは、内部のからくりによって実現されています。 「からくり人形」というと、この内部の機構を想像する方も多いのではないでしょうか。

いわゆる「からくり人形」や「あやつり人形」といったものは、この人形内部の構造が肝になります。 むしろ動力源から動作まですべての領域が、人形の体内に収められていることが一般的であると言っていいと思います。

しかし当社のからくり人形では、動力源が水車という人形の全く外部にあることもあり、からくりの中心は人形の外にあります。 そのため、多くの人形の内部はいたってシンプルな構造で動いています。ほとんどの人形は、一本の糸を引く運動のみで動かすことができるのです。

また、頭部にはほとんどからくりを有しません。多くの「からくり人形」にみられる口を開ける、まぶたを閉じる、といった動作は省略されています。 平成30年の「西郷どん」で中心に置かれた飛び上がる西郷どんにおいて、初めて口を開ける動作が試みられました。

人形の下に置かれるからくり

台車とレーン

人形の体の動きではなく、人形全体を動かす、例えばその場で回転する、前後に動く、という場合には、舞台床上に個別の機構が設けられます。

回転の動きには回転台が使われます。回転台は糸を引く動きを回転の運動に再変換しています。 回転台の上に乗った人形は、この回転台の動きに合わせて回転しますが、人形内部のからくりは、この回転を利用して動かすのが主流です。

つまり、回転の動きと手を上げるなどの人形の動きは、一つの歪輪で動かすのです。

前後の動きなど、人形全体の位置が変わるものは、台車の上に乗せて運びます。 戦前から復活後初期までは、木製のコロ付台座を用いていましたが、近年は安定性を考慮しベアリングを用いた台車を作るようになっています。

動きを実現するために

難敵・摩擦

糸が張り巡らされた動力室

「歴史・あゆみ」の頁に詳しく述べますが、水車からくり人形の制作は、製作者の工夫と技術の向上の結晶です。 文化財ということで、古い在り方にこだわる考え方もありますが、率先して新しいものを取り入れています。

例えば、制作するうえで避けては通れないのは「摩擦」です。実際に人形の動きとしてアウトプットされる動力は、 一つ一つは微々たるものですし、数十体の人形を総合しても水車の馬力とは比べ物にならないほど小さいものです。

しかし歯車一つとっても、インプットされた動力を100%アウトプットできるわけではありません。 糸を引く動作の多い動力室では、方々糸が張り巡らされていますが、糸の折れ曲がる中継地点にもいくらかの摩擦がかかっています。

これを解決するために、例えば糸を三味線糸からテグスに変える、中継地点や回転軸にベアリングを設置する、歯車や中継地点など摩擦地点を減らす、 など目に見えない工夫が各所にちりばめられています。 人形自体においても、テコ構造の力点と支点の距離を広げる、胴体、頭部を空洞にして軽くする、糸を引く動作に余裕(あそび)を作るなど、 摩擦係数を減らす工夫がからくり製作の一番重要なところと言っても過言ではありません。

木のしなり・水量と馬力

水車からくりには、不確定要素として、「木のしなり」と「水量と馬力」という問題点があります。

木のしなりは、主に歪輪機構に用いられるテコ棒のしなりによって、思ったような動きを得られないことです。 支点~歪輪(力点)の距離:支点~作用点の距離=1:3程度で設計していますが、実際には歪輪径差の3倍の運動は得られません。 人形の動きは数cmで全く変わってくることもあるため、常に試行錯誤を繰り返し、実践で調整を入れています。

また、水路の水量によって馬力や速度は全く変わってきます。

微妙な速度の変化で、うまく作動しないケースもあります。 例えば、錘を使って糸を戻す場合、速いスピードで糸の張力がなくなると、錘がその速度に追い付かず、 糸がたるんで他の構造に引っかかったり、定位置からずれてしまったりします。 ある程度の変化に対応できるように、何回も試行を繰り返して錘の重さ等を調整して臨んでいます。

また馬力の低下によって動きが鈍くなることもありますので、徹底して摩擦の減少もしているのです。